まいんどちゃねる

就職に悩み、個で生きる方法を模索しブログに出会う。 最近は昆虫食、メンズスカートにはまってます。

カテゴリ: まいんど

サイン

好きな芸能人やスポーツ選手などのサインをもらったことがありますか?

ぼくはあります。とある陸上選手が開催する陸上教室に参加し、いただきました。今でも家で大切に保管しております。

それは5年ちかく前なのですが、そのときのことは忘れずに覚えています。サインをもらう前のドキドキ感や、もらったあとの高揚感。サインを見れば思い出せます。
だからぼくの中で有名人のサインって、会ったときの記憶を呼び覚ましてくれるもの」という認識です。


ゆえにぼくは、ネットで誰かのサインを買う人の気持ちがわかりません。「実際に会った」「抽選で当たった」などの経験なしにサインだけもらって嬉しいのでしょうか?

サインは経験ありきだ

サインは経験が伴わないと価値がないと思います。

それなのに、ネットでは有名人のサインの転売などがはびこっています。ときにニセモノのサインを購入して問題になることもありますよね、、。

サインを転売する人を撲滅するためにも、ネットで買うのはやめた方がいいと思います。買う人がいるからこそ、売る人が出てくるのですから。

まとめ

サインだけ持っていてもしかたがない。自分でもらうという思い出があるからこそ、そこに意味がでてくるのです。

むしろ、サインなんてなくても思い出や経験のほうが価値があると思います。サインはあくまでもおまけです。

だから、ネットでサインを売ったり買ったりするのは、本質的に大事な部分がかけていると思います。そもそも、いただいたサインを売りに出すという行為自体、どうかと思いますけど!

ピエロ

僕がいつも思っていることがあります。

それは、「外野から他人を嘲笑する人ではなく、何かをして他人から笑われる人でありたい」ということです。

他人を笑う人であり続けると、いざ自分の考えが変わって何かしたくなったときに、素直にそれを表明できないというデメリットがあります。

たとえば、『意識高い系』と他人を揶揄していると、もし自分がそうなったときにやりづらいでしょう。今まで自分が笑っていたものになるのですから。

ですので、笑われる側にいると開き直ってなんでもできるようになっていきます。なにをやっても「あいつ、また何か変なことしてるよ」くらいにしか思われませんから笑。

ピエロはサーカス団で一番うまい人

話は変わりますが、サーカスを見に行ったことがありますか?

サーカスといえば、ピエロが有名かと思います。おどけた動きをして皆を楽しませるあいつです。

そんな風に皆の笑いの的になっているピエロですが、あれを演じられるのって団の中でトップクラスにうまい人だけらしいんです。

ジャグリングや玉乗りに失敗して転げ落ちたりしているピエロが、なんでうまい人しか演じられないのか?

それは、わざと失敗できるのは本当にうまい人だけだからです。

下手だと皆に馬鹿にされるピエロですが、それは全て、練習を重ねてなせる業ということ。


つまり何が言いたいかというと、皆に笑われたり馬鹿にされる人は、得てして大きなポテンシャルを秘めているのではないか、ということです。

一見、馬鹿みたいなことをしているように見える人でも、内に秘めた思いは強かったりします。

いじられろ、笑われろ

僕は常に、いじられキャラでありたいと思っています。


いじられる人って、皆から愛されている人が多いように感じます。なんだかんだ、信頼されているのでしょう。

いじられたり、笑われたりしながら、常に社会に向けてアクションを起こしていきたいです。はたから見たら滑稽に見えることであっても。


そのように、プライドを捨てて痛い人になりきれることって大事だと思います。周りの目を気にせずに自分のやりたいことをやっていれば、誰かしらは見てくれています。そして共感してくれます。

だからぼくは『社会のピエロ』になりきりたいと思います!

流動的

僕は最近、とことん部屋のものをなくしていくことに注力しています。
断捨離もしますが、主にメルカリに出品することが多いです。

なぜそんなことをするのか?もちろん、メルカリで小銭稼ぎをしたいというのはありますが、
本当の目的は、自分のものを循環させていきたいというところにあります。

ものの循環

服や本などが特にそうで、「まだ着るかも、、」「また読むかも、、」などと取っておきたい気持ちは分かりますが、それよりも、もっと必要としている人に流していった方が、ものは価値を持つと思うのです。

「もの」というのはお金も含んでいます。自分のもとに溜めこむのではなく、どんどん他者に流していくと、巡り巡って自分にもよいことが起こると思っています。

『金は天下の巡りもの』『情けは人のためならず』というような精神ですね。昔の人はうまいことを言ったものです。


2017年に発表されたサービスであるPolcaなんかもまさにそれを体現しているのではないでしょうか?
少額で他者を支援できるようになるという点は、ありそうでなかった、非常に画期的なサービスだと思います。


信頼や感謝>もの

ものやお金を他者に回していく、というのは、短期的に見ればマイナスかもしれません。自分の手元から離れていくわけですから。


しかし、それをすることによって『恩』『感謝』の念を自分に対して抱いてくれる人がいれば、それは物質的な「もの」よりも価値をもつことがあると思います。

現代はものが飽和しているから、ものを持っていること自体はたいした価値を持ちません。
それよりも、恩や感謝から生まれる『他者からの信用』が最も大切になるのです。



自分が持っているものをいろんな人に分け与えて信頼を得るというのは、長期的に見れば大きなメリットがあります。

いま持っているものやお金に執着せずに、どんどん回していきましょう。きっといつか、それに助けられるときがくるでしょう。

無題

僕はまだまだ若いです。21歳。成人を迎えたばかり。しかも、大学生というモラトリアム期間の真っ只中であります。

これは人生において、非常にゆとりのある期間だと思います。時間的にも、精神的にも。

ゆえに、この期間にあらゆる挑戦をしておいた方が確実にお得だと思うのです。

なぜか?
それは、「失敗したときのやり直しのききやすさ」「世間の甘さ」があるからです。

失敗したときにやり直せる

学生であれば多くの人は結婚していないであろうので、背負うものが少ないです。
ゆえに、リスクのある選択をしやすいというメリットがあります。

これが妻や子どもがいるとなると、堅実な選択をせざるを得ない場面があるのも仕方のないことだと思います。

でも若いうちなら、よほど取り返しのつかないことをしない限り、だいたいなんとでもなると思います。

また、物理的にその後の人生が長いので、いくらでも取り返すチャンスがあります。
一度や二度の失敗は屁じゃないですね!

世間の甘さ

これは要するに、成功すれば「若いのにすごい」、失敗すれば「若いんだししょうがない」と評価されやすいということです。

もちろん、最初からそんな甘えた気持ちでやるべきではないですが、そのようなある種の安心感は行動を起こしやすくする大きな要因となるでしょう。

大目に見てもらえたり、支援されやすくなるのは若者の中でも、「学生」のうちでしょうか。

とりあえずやろう

では果敢な挑戦とは具体的にどんなことでしょう?

ありがちなところだと、起業とかですね。
よく形だけの起業をファッション起業などと揶揄されることもありますが、それでもよいのではないでしょうか?
とりあえずやっとけ的な精神はありだと思います。


目的もなく行動するなと言われますが、行動してから考えるというのもいいと思います。

なぜなら、「目的を明確にしてから」「やりたいことが見つかってから」というような考えだと、いつまでたっても行動を起こさない言い訳にしかならないことがあるからです。

ですのでまずは、とことん色々なことをやらかしましょう!
細かいことは後で考えればよいのです笑。

自分のアンテナが向く方へ無心で突っ走れば、そのうち一つでも手ごたえのあるものが見つかるはずです。

無題



目標は低く

今回は、習慣に関するお話です。


誰しもが、何かしら継続したいと思って取り組んだけど、あまり続かなかった、という経験をお持ちなのではないでしょうか?

人間は弱い生き物なので、一度決意したことであっても、なかなか続かないというのは当たり前です。

結論から言いましょう。それを回避するには、目標を低くすることです。

なぜなら、ものごとが続かない原因の一つとして、初めから目標が高すぎるということが考えられるからです。

正確に言うと、高い目標はあってもいいのですが、最初からそれを設定すべきではないということです。

目標を2つ設定する

では具体的にどうすべきか。それは、
目標を短期・長期というように2つ用意するのです。

その際に意識することは、頻度と強度のレベルを調整することです。

例えば「毎日ランニングをする」というのが最終的な目標だとしましょう。

この場合、まずは「週に2~3日ウォーキングをする」というように、
毎日→週2~3日
ランニング→ウォーキング
と、頻度と強度のレベルを低くしていきます。

また、この間に「週に2~3日ランニングする」というような
中期の目標があってもよいでしょう。

とにかく大事なこと、それは
最初は負担なく続けられるように目標を設定し、その後だんだんとレベルを上げることだと思います。


低い目標で妥協しない

しかし、あくまでも最終的な目標は常に見据え、低いレベルのまま妥協しないという意識は必要です。


正直、習慣のレベルを上げるのはなかなか大変です。ウォーキングをランニングに替えるのはそれなりにモチベーションを必要とします。

そういう場合はウォーキングとランニングを織り交ぜるなどしてもよいでしょう。とにかく、慣れてきたら次のレベルに足を踏み入れることが大事です。

自分の中でやりたいことができたら、それよりも簡単な、容易にこなせそうな目標も同時に立て、無理なく継続していきましょう。


習慣にしたら強い

人間は、習慣にして、無意識的におこなえるようになったことは続けられます。


たとえば、歯磨きや入浴をするのに意志はいらないですよね?それは長年続けてきたことで習慣になり体が覚えているからです。

それと同じで、「朝起きたら英単語を覚える」「お風呂から出たら筋トレをする」といったようなことでも、習慣にしてしまえば全く苦なくおこなえます。歯磨きと同じくらいのテンションで笑。

低い目標から習慣を作り、生活の一部にしていきましょう。。

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