楽しい2

どうも。みねちゃんです。

僕は最近、昆虫食にはまっております。
はまってるというか、そのポテンシャルに惚れこんでしまいました。

で、大学でサークルまで立ち上げて普及活動なんかもしているのですが、一つ違和感を感じることがあります。

それは「昆虫も食べていかないと、いつかくる食糧難に耐えられない」みたいに、まるで昆虫食が食の最後の砦かのように勧めるやり方です。

強制力はなくしたい

まあたしかに世界では食糧難対策とし注目されてますし、そのポテンシャルは大いにあるとは思いますが「みんな昆虫を食べなければいけない」みたいな強制力は疑問に思ってしまいます。

だって実際、美味しくなければ食べたくないですし。

だから、ある程度昆虫食が食文化として整うまで、そういったアプローチでごり押しするのはやめておこうと思います。
もっと軽いノリで、みんなに面白がってもらえるように広めていきたいです。

昆虫食を語る文脈

そもそも、日本とアフリカなどでは、昆虫食を語る際の文脈が異なると思うのです。

食糧不足に陥っている国や地域では貴重な栄養源として、昆虫食が一つの手段になると思います。しかし、日本では状況は全く違います。

今の日本で、毎日の食事を「明日も生きるための」「栄養補給」として捉えている人はほとんどいないと思います。

むしろ食事は、「楽しむため」「コミュニケーションとして」「誰かに自慢するため」としている人の方が多いのではないでしょうか。

そんな中、食糧難対策などと言われても現実味がありません。それでは決して自分事にはしてもらえないです。

楽しい昆虫食を

なので僕は、昆虫食をいかに楽しんでもらえるかが重要だと感じています。

昆虫の強烈な姿かたちを残し、それを提供することも僕はありだと思います。
多少ゲテモノ感が出てしまっても、それを面白がってくれて、他の人とのコミュニケーション材料となるならば、それはある意味で一つの食文化と言えるかもしれません。

その一方で、それは食というよりも一種のパフォーマンスであるという意見も理解できます。だからそればかりではいけないとも思います。しっかり美味しい食としても探っていく必要があります。


食に対して各人が求めることは違います。だから誰がどんな食べ方をしていてもそれは否定できるものではないし、むしろ、あらゆるニーズに応えられるようにする方が賢明だと思います。

いずれにせよ、どんな料理であっても楽しいことが大切です。だから僕は楽しい昆虫食を広めていきたいです。