サッカー

6月28日、FIFAワールドカップロシア大会、日本にとって最後の予選となるポーランド戦がおこなわれました。

ここまで日本は、コロンビアに勝ち、セネガルに引き分け、このポーランド戦で決勝トーナメントにいけるかどうか決まるという大事な局面をむかえていました。

結果からいうと日本はポーランドに敗退。しかし、決勝トーナメントには進出できることになりました。


最後の数分間、日本は、自分たちでひたすらボールを回して時間稼ぎに徹しました。というのも、そのまま試合が動かなければ決勝トーナメントにいける可能性が高かったからです。

この采配は賛否をよぶこととなりました。Twitterをみてても、「最後まで全力で試合をやれ」これがスポーツなのか」「潔く負けるほうがまだまし」といった意見も多数あったのも事実です。


でもぼくは、この采配は素晴らしいものだったと思います。なぜなら、あの場面においての目的は点をあげることでも試合に勝つことでもなかったからです。

目的と手段

一見矛盾するようですが、あの試合のあの場面では、「そのまま負ける」ことが最善の選択だったのです。

なぜなら、日本の目的はあくまでも「決勝トーナメントに進むこと」なので、その手段は「勝つこと」「負けること」どちらでも構わなかったからです。

負けても先に進めることがわかった以上、より確実に残れるほうを選んだ、これだけの話です。


サッカーで「勝つこと」が目的でないというのはおかしな話ではありますが、状況があまりにも特殊だったためそういうことがおこりました。
そして批判も覚悟の上であえて負けるという選択をとった。これはまさにプロフェッショナルではないでしょうか?

根性論では語れない

もちろん、「スポーツ選手として最後まで全力で戦え」というのもよくわかります。でも、あれはあれで「全力で決勝トーナメントを勝ち取る」という姿のあらわれだったのではないでしょうか?

泥臭く決勝にいこうとする姿はかっこよくさえもありました。


ことスポーツに関しては、根性論や美学だけで語ることはできません。
最後に儚く散ることや全力をだして負けることが称賛されやすいものですが、そういう特攻精神は危ういものでもあります。

それよりも、ほんとうの目的を見据えて奮闘する日本の選手、そしてギリギリの状況で判断をくだした西野監督に、心からの拍手をおくりたいと思います。